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感動しよう!そして心を動かそう|レイキならプラナ・ヒーリング施療院

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感動しよう!そして心を動かそう

2010.10.31

一昨日、古い日本の映画を見た・・・「サムライの子」という、昭和時代の北海道の小樽での貧○窟(すいません、差別用語かもしれません)での人々の生活である。
何ヶ月か前に・・亡くなった南田洋子さんのブルーリボン助演女優賞受賞の作品なのですが(というか今の方たちには知らないと思いますが・・)
当時、資源になる物質を回収してお金に換金する人たちを「サムライ」と呼んでいたそうだ。(簡単に言うと、ゴ○拾いです) その方たちのどん底の生活をやっているのだが・・結局、最後はハッピーエンドで、とても幸せな気分になれた・・
でも、そのあと、なんとなく、自分の気持ちがスッキリしない。
なんだろう・・この感覚は・・
想いだした。
昭和の時代・・私がまだ小学一年生ぐらいのときである、当時、東京の調布の深○寺という近辺に住んでいて、
近くに、セメ○ト工場勤めの家族の方たちがいた。 そこの子達が、まさに、「サムライの子」の映画に出てくる子達にそっくりでした。 常に同じポロポロの服を着て、かなり臭う。
 義務教育の小学校に通っていなくて、不思議に思ったのだが、映画を見て知った事は・・・その子たちは、戸籍が無いので、民生委員会の人たちがフォローできないのである(戸籍が無い・・ということでピンときた方は分かると思います)
そのような子達は、サバイバルに長けていた。
うちに来ては、勝手に家に入り込み、妹(当時一歳)の哺乳瓶からミルクをごくごく勝手に飲んで、家の中の食べ物をあさったりしていた。  僕は、それでも黙ってみていたし、親にも言わなかった。 なんだか、可愛そうだったから、「いいよ~ 好きにして」という気持ちだったのです。
学校に行っていないから、平日の昼間から、その辺で遊んでいる。  そして、学校にも勝手に遊びに来たりしていた。
当時、僕の友達たちは、親から言われたのだろう「近寄るな・・」と。。  なので、当然差別があった。
石を投げつけたりしていた子達も大勢いた。
僕は、黙って見ていたけど・・・「可愛そう」とずーっと思っていた。
ある日、突然、その子たちが全員、いなくなった。
何があったのだろう?
当然、疑問に思ったのだが・・・
その記憶は、今回の映画を見るまで封印されていた。
それが、いま、映画で記憶がよみがえったのである。
「差別」・・今では、そんな生活階級の差別も話題にしたくない時代ではあるけど、私は実は、そういうことを身をもって体験していたのだ・・ということを思いだした。
映画のラストの感動とともに、自分の小学生の時代が鮮明に蘇ったこととしては、不思議な感覚だった。そして、とてつもなく・・「何かしないといけない!」という感情が生まれた。
それがレイキで・・・「様々な辛い境遇にいる方たちを幸せにしよう」ということです。(いや・・別に貧○層とかだだけでなく、悩んでいる人全般です。)
言葉で言うと、簡単だけど、とても難しい事です。
でも、それを今日本にいる、レイキマスターがやり続けていけば、もっと日本社会が良くなるのでしょうね。
心を良い方向に「動かそう」それは、つまり・・・感動することです。
映画には、様々な感動する場面があり、心が動きます。 「今のままじゃいけない!」自分を動かそう・・という気持ちが生まれることも多々あります。 簡単に「気付き」が得られる事かもしれません。
誰か・・言ってましたよね~  「いやぁ・・映画って、本当にいいもんですね~」って・・